シャロン・ランゲンベック国際ゾンタ・国際ゾンタ財団2020-2022年度会長ご挨拶

和訳

こんにちは。シャロン ランゲンベックです。2020-2022年の2年期、国際ゾンタと国際ゾンタ財団の会長を務めることになり光栄に思っております。私はアメリカの中心地であり、西部への玄関口であるミズーリ州セントルイス市で生まれ育ちました。高校卒業後、1971年にミズーリ大学コロンビア校の機械・航空宇宙工学科に進学し、学生として一歩踏み出しました。当時、工学部には約1,500人の学生がおり、そのうち女性は13人しかいませんでした。機械・航空宇宙工学科では私が唯一の女性でしたので、他の女性と一緒に授業を受けることはほとんどありませんでした。
教育が自立の鍵であることは若い時から理解しており、工学が私にその機会を与えてくれました。私は今でも教育こそが自立の鍵であると強く信じております。
1974年に学士号、1976年に修士号を取得しました。その後、私は博士号取得のために機械・航空宇宙工学部で引き続き勉学に励みました。ゾンタとの旅が始まったのはその時でした。私が大学の建物の廊下を歩いていると、ある教授が「国際ゾンタのアメリア・イアハート奨学金の申請書を持っています」と言われ、私は応募しました。1977年に受賞し4000米ドルの奨学金を頂き、1978年には2度目の受賞となりました。
これらの奨学金は、私が博士号を取得するためには欠かせないものでした。
1979年に卒業後、カリフォルニア州に移り、ロッキード社の研究所でキャリアを積みました。当時のロッキード社の従業員は約25,000人で、私は工学博士号を持った最初の女性でした。
1979年には比較的新しいサンタ・クラリタ・バレー ゾンタクラブのメンバーになりました。私を援助して下さったゾンタに恩返しがしたいと思ったのです。ゾンタは教育の重要性を理解しており、それが卒業後、わずか3か月ですぐにゾンタに入会した理由の一つです。会員になって41年になります。私のクラブは私にとって特別な存在です。なぜなら、会員同士との友情、そして地域で国際ゾンタ財団を支援している奉仕活動があるからです。
11年後に私はロッキード社を退職し、NASAジェット推進研究所で働きました。私はジェット推進研究所では、工学博士号を取得した最初の女性ではありませんでしたが、重要な管理職に就いた最初の女性でした。
現在は、南カリフォルニアで夫と一緒に暮らし、カリフォルニア・ライフスタイルを楽しんでいます。私たちは、小さなブドウ園を持っており、もちろんゾンタをサポートしています。
私がゾンタに国際レベルで恩返しする最初の機会の一つは、1988年にアメリア・イアハート奨学金委員会の委員、そして1992年には委員長に任命されたことでした。私は引き続き指導的な立場で奉仕を続け、国際会長になりましたことを大変誇りに思い、光栄に思っております。
ゾンタの次の2年期の始まり、ゾンタの2世紀目の始まり、始まりはチャンスを意味します。女性と女児に経済的自立と自立を与えるチャンスです。成功への最も重要な鍵の一つは教育です。
私は自分の分野では先駆者でしたので、工学を専攻している若い女性に指導や進路について支援してきました。可能な限り皆様全員には良き助言者になっていただき、次の世代を手助けしてください。皆様お一人お一人がその能力を持っておられます。
では、あなた個人にとって教育とは何を意味するのでしょうか?それについて考えてみてください。あなたはどのような手助けができるでしょうか。ゾンタの使命である発展途上国における女性や女児に対する暴力をなくし、教育の機会を提供するために皆様とご一緒に活動することを楽しみにしております。
ご支援有難うございます。

 

UN Women 日本事務所

 

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